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京都地方裁判所 昭和62年(行ウ)29号 判決

京都市伏見区醍醐東合場町二四-三

原告

村井幸男

右訴訟代理人弁護士

松村美之

京都市伏見区鑓屋町無番地

被告

伏見税務署長

藤原冨次

右指定代理人

田中慎治

国府寺弘祥

信田尚志

谷川利明

宮崎雄次

岸本貴行

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告が原告に対し昭和六〇年一〇月二三日付でした原告の昭和五九年分所得税の重加算税賦課決定処分のうち重加算税額一四〇〇万五六八〇円を超える部分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五六年にその所有不動産を代金一億八五一三万円で売却し、昭和五七年にその所有不動産を代金一億八二四九万円で売却し、いずれも農地法所定の許可が昭和五九年中にあつたため、昭和五九年所得税確定申告において右合計三億六七六二万円を不動産譲渡による収入金額として申告するべきであつた。

2  原告が昭和五九年部所得税確定申告を依頼した「全日本同和会京都府・市連合会」(以下、全日本同和会という)は、原告の昭和五九年分の収入金額を一億八五一三万円とし、且つ、架空債務を計上して、納付すべき税額を零とする所得税確定申告をした。

3  原告は、昭和六〇年九月六日、昭和五九年分所得税につき、収入金額を三億六七六二万円、納付すべき税額を一億〇八一七万八五〇〇円とする修正申告をした。

4  被告は、昭和六〇年一〇月二三日付で、原告の昭和五九年分所得税につき、原告が修正申告をした税額一億〇八一七万円について三〇パーセントの重加算税賦課決定処分をした(以下、本件処分という。)。

5  原告は、昭和六〇年一二月一二日被告に対し異議を申立て、昭和六一年六月三〇日付棄却決定を受け、同年八月一日大阪国税不服審判所長に審査請求を申立て、昭和六二年三月二五日付棄却裁決を受けた。

6  しかし、本件処分は左記のとおり違法である。

一 全日本同和会は、原告の昭和五九年分の収入金額のうち一億八二四九万円の申告を失念したに過ぎない。

二 原告は、不正の方法で所得税を免れる意図がなく、全日本同和会が収入金額の一部を申告しなかつたことを知らず、いわゆる同和地区に対する課税上の特別措置がなされたものと思い込んでいたものであるから、収入金額一億八五一三万円につき架空債務を計上して所得税額四六六八万五六〇〇円を脱税した点については、所得税法違反として起訴され有罪の判決も受けており、重加算税一四〇〇万五六八〇円が賦課されるのは仕方がないけれども、その余の所得税額六一四八万四四〇〇円にまで重加算税が賦課されるのは違法である。

7  よつて、本件処分のうち重加算税額一四〇〇万五六八〇円を超える部分の取消を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

一 原告は、別紙一物件目録記載の本件一ないし4の各土地を所有していたが、昭和五六年六月一〇日ころ、付近一帯の農地を買収して宅地造成を行つていた訴外冨士興業株式会社に対し、本件一ないし四の土地約一四〇〇坪を、坪単価三三万円で、契約日付を昭和五六年六月(以下、第一回目契約という)と昭和五七年一月(以下、第二回目契約という)との二回に分けて売却等することとし、同社から第一回目契約の手付金として現金二〇〇〇万円を受領した。

二 原告は、昭和五六年六月二〇日ころ、冨士興業との間で、

(1) 本件三の土地(分筆前の同町三二番、田、一六九二平方メートル)の全部及び本件四の土地(分筆前の同町三三番、田、八六九平方メートル)の一部一六二平方メートルとの合計として約五六一坪を同社に代金一億八五一三万円で売却し、手付金として受領済の二〇〇〇万円を除く残代金一億六五一三万円の支払期日を同月二六日とする第一回目契約の売買契約書を作成した。

(2) 本件二の土地の全部及び本件四の土地(前記分筆前)の一部二六平方メートルと、同社所有の京都市伏見区醍醐池田町一番一宅地四六五・八一平方メートルとを交換する旨の覚書を作成した。

三 原告は、昭和五六年六月二六日、冨士興業から、第一回目契約の残代金一億六五一三万円を受領した。

四 原告は、昭和五七年一月一一日ころ、冨士興業との間で、本件一の土地の全部及び本件四の土地(前記分筆前)の一部六八一平方メートルを同社に売却し、売買代金一億六〇五四万五〇〇〇円のほか、同社所有の京都市伏見区石田大受町三二番一二(昭和五七年一月一六日分筆前の同番、畑、三三三平方メートル)のうち二一九・五三平方メートルを譲受けることとし、そのころ、第二回目契約の手付金として現金三〇〇〇万円を受領した。

五 原告は、昭和五七年一月一六日、冨士興業から第二回目契約につき手付金として受領済の三〇〇〇万円を除く残代金一億三〇五四万五〇〇〇円を受領し、また、同月二三日、右大受町の土地(分筆前の同町三二番地五五、雑種地、二一九平方メートル)につき所有権移転登記を了した。原告が譲受けた右大受町の土地の価格は、当事者間で一坪当り三三万円とする合意があり、二一九四万五〇〇〇円相当である。従つて、第二回目契約の売買代金総額は、右合計一億八二四九万円となる。

六 以上の土地譲渡につき、昭和五九年六月七日、京都市伏見区農業委員会から、農地法五条一項三号の届出の受理通知があつた。

七 原告は、昭和五九年分所得税確定申告において以上の総合計三億六七六二万円を土地譲渡に伴う収入金額として申告するべきであつた。

2  請求の原因2の事実は認める。

3  請求の原因3の事実は認める。

一 原告は、昭和五七年八月一九日、本件一ないし四の土地譲渡に関する所得税法違反の嫌疑により京都地方検察庁に検挙され、同年九月七日、起訴された。起訴された内容は別紙二の所得税法違反起訴額欄記載のとおりである。

二 原告は、昭和五七年九月六日に修正申告したが、これは大阪国税局査察部の調査結果に基づくもので、その概要は次のとおりであり、明細は別紙三の修正申告欄記載のとおりである。

(1) 譲渡収入金額は、真実は、第一回目売買契約及び第二回目売買契約の代金合計三億六七六二万円である。

(2) 保証債務を履行した事実はない。

(3) 取得費は、租税特別措置法三一条の四(長期譲渡所得金額の概算取得費控除)により、譲渡収入金額の五パーセント相当額である。

(4) 譲渡費用は、登記費用二六万九九〇〇円、契約書貼付の印紙代二〇万円、仲介手数料一〇〇万円の合計一四六万九九〇〇円である。

(5) 租税特別措置法三一条一項による長期譲渡所得の特別控除額は、一〇〇万円である。

4  請求の原因4の事実は認める。

5  請求の原因5の事実は認める。

異議決定及び裁決の経緯は別紙三記載のとおりである。

6  請求の原因6の事実中、原告が収入金額一億八五一三万円につき架空債務を計上して所得税額四六六八万五六〇〇円を脱税した点につき所得税法違反として有罪の判決を受けたことは認め、その余は争う。

三 抗弁

1  原告は、予て知人から本件一ないし四の土地譲渡について税額が少なくとも一億二〇〇〇万円を超える旨を聞知していたところ、昭和六〇年二月ころ、原告の縁者で全日本同和会の役員である訴外村井英雄から、全日本同和会を通じて所得税確定申告をすれば、場合によつては税額が零になると聞き、全日本同和会が何らかの不正な手段により課税を免れさせるものであることを知りながら、この所得税を逋脱することを目的として、同月一七日ころ、原告の縁者で全日本同和会の役員である訴外村井信秀に、売買契約書等の所得税申告に必要な書類のコピーを手渡し、全日本同和会に所得税確定申告を依頼した。

2  原告から右依頼を受けた全日本同和会の事務局次長であつた訴外内藤光義は、昭和六〇年三月一八日、被告に対し、原告の昭和五九年分所得税確定申告書のほか、「譲渡内容についてのお尋ね兼計算書」(以下、譲渡所得計算書という)、「保証債務の履行のための資産の譲渡に関する計算書」(以下、保証債務計算明細書という)、第二回目売買契約の契約書、昭和五五年七月一〇日付連帯借用証書等を提出した。

3  右所得税確定申告書は、別紙三課税の経過の当初申告欄記載のとおりであり、次のとおり、事実を隠ぺいし、仮装した、内容が虚偽のものであつた。

一 所得税確定申告書の収入金額及び譲渡所得計算書の譲渡価額の総額欄の収入金額として第一回目契約の代金のみを記載し、第二回目売買契約の代金を記載していない。しかも、譲渡所得計算書の売却等された資産欄の物件所在地、売買契約の日及び売却に要した費用等としては第二回目契約の内容を記載し、第一回目契約と第二回目契約とを混同して記載しており、売買の一部を失念したものではない。

二 保証債務計算明細書には、訴外株式会社ワールドが訴外有限会社同和産業から昭和五五年七月一〇日に二億円を借入れ、これを原告が連帯保証していたところ、ワールドが破産し、連帯保証債務を履行するため本件一ないし四の土地の一部を譲渡し、その譲渡代金をもつて、昭和五七年四月三〇日、同和産業に一億七五〇〇万円を弁済し、ワールドに対する求償不能により同額の損害を被つた旨、仮装の内容を記載し、虚偽の借用証書を添付していた。

4  ところで、納税者が第三者に委託して納税申告書を作成、提出した場合も、その納税申告は納税者が行つたと同様に取扱われるべきであり、右納税申告が不適正であつた場合には、納税者が不適正であることを認識していたか否かにかかわらず、これに対する加算税等の制裁も、納税者自身に対してなされるべきである。

5  更に、原告は、昭和六〇年三月一九日ころ村井信秀から原告の昭和五九年分所得税確定申告書控等を受取り、納付すべき税額が零であることを確認したうえ、同人から全日本同和会に対するカンパ名下に七〇〇万円を要求され、これを承諾し、その後、全日本同和会に六〇〇万円を超える現金を交付している。

6  なお、重加算税は申告納税制度の下において適正な申告をしない納税者に対する行政上の制裁として賦課されるもので、逋脱者の反社会性ないし反道徳性に着目した刑罰である所得税法二三八条一項の逋脱罪とは、その趣旨を異にするから、起訴されなかつた部分については重加算税を賦課するべきではないという原告の主張は失当である。

7  よつて、原告の昭和五九年分所得税確定申告書は、国税通則法六八条一項の「国税の賦課標準又は税額等の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当し、本件処分は適法である。

四 抗弁に対する認否

原告は、いわゆる同和地区の住民であり、同和地区の他の納税者から、全日本同和会もしくは部落解放同盟を通じて確定申告をすることにより有利な課税を受けている事例を聞知し、同和地区住民に対して税務上の特別な減免措置があるものと認識し、全日本同和会が不正な手段を用いることを知らなかつたもので、意図して脱税したものではなく、いわば全日本同和会に騙されたものであり、確定申告の内容を知つた後、国税局の指導に従つて、修正申告をし、一億〇八一七万円を納税している。国税通則法六八条一項には該当しない。

第三証拠関係

本件記録中の証拠に関する調書記載のとおり。

理由

第一  原告が、昭和五六年にその所有不動産を代金一億八五一三万円で売却し、昭和五七年に他の所有不動産を代金一億八二四九万円で売却し、いずれも農地法所定の許可が昭和五九年中にあつたため、昭和五九年分所得税確定申告において右合計三億六七六二万円を不動産譲渡による収入金額として申告するべきであつたこと、原告が昭和五九年分所得税確定申告を依頼した全日本同和会が、原告の昭和五九年分の収入金額を一億八五一三万円とし、且つ、架空債務を計上して、納付すべき税額を零とする所得税確定申告をしたこと、原告が、昭和六〇年九月六日、昭和五九年分所得税につき、収入金額を三億六七六二万円、納付すべき税額を一億〇八一七万八五〇〇円とする修正申告をしたこと、被告が、昭和六〇年一〇月二三日付で、原告の昭和五九年分所得税につき、原告が修正申告をした税額一億〇八一七万円について三〇パーセントの重加算税を賦課する本件処分をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

第二検討するに、

一  前記当事者間に争いがない事実、成立に争いがない乙二号証ないし四号証(いずれも全日本同和会作成)、七号証、一六号証ないし二一号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

1  原告は、予て知人から本件一ないし四の土地譲渡について税額が約一億八〇〇〇万円位になる旨聞知していたところ、昭和六〇年二月ころ、原告の縁者で全日本同和会の役員である村井英雄から、全日本同和会を通じて所得税の確定申告をすれば、場合によつては税額が零になると聞き、全日本同和会が何らかの不正な手段により課税を免れさせるものであることを予知しながら、この所得税を逋脱することを目的として、同月一七日ころ、原告の縁者である全日本同和会の役員である村井信秀に対し、被告主張の第一回目契約の売買契約書及び第二回目契約の売買契約書等の所得税申告に必要な書類のコピーを手渡し、全日本同和会に所得税確定申告を依頼した。

2  原告から右依頼を受けた全日本同和会の事務局次長であつた内藤光義は、昭和六〇年三月一八日、被告に対し、原告の昭和五九年分所得税確定申告書のほか、譲渡所得計算書、保証債務計算明細書、第二回目売買契約の契約書、昭和五五年七月一〇日付連帯借用証書等を提出した。

3  右所得税確定申告書の内容は、別紙三課税の経過の当初申告欄記載のとおりであり、次のとおり、事実を隠ぺいし、仮装した、虚偽のものであつた。

一 所得税確定申告書の収入金額及び譲渡所得計算書の譲渡価額の総額欄の収入金額として第一回目契約の代金のみを記載し、第二回目売買契約の代金を記載していない。しかも、譲渡所得計算書の売却等された資産欄の物件所在地及び売買契約の日等としては第二回目契約の内容を記載し、第一回目契約と第二回目契約とを混同して記載した。

二 保証債務計算明細書には、株式会社ワールドが有限会社同和産業から昭和五五年七月一〇日に二億円を借入れ、これを原告が連帯保証していたところ、ワールドが破産し、連帯保証債務を履行するため本件一ないし四の土地の一部を譲渡し、その譲渡代金をもつて、昭和五七年四月三〇日、同和産業に一億七五〇〇万円を弁済し、ワールドに対する求償不能により同額の損害を被つた旨、仮装の内容を記載し、虚偽の借用証書を添付していた。

4  原告は、昭和六〇年三月一九日ころ村井信秀から原告の昭和五九年分所得税確定申告書控等を受取り、納付すべき税額が零であることを確認したうえ、同人から、運動費及び経費として、全日本同和会に対するカンパ名下に七〇〇万円を要求され、これを承諾し、その後、全日本同和会に六〇〇万円を超える現金を交付した。

二  なお、

1  原告は、全日本同和会が原告の昭和五九年分の収入金額のうち一億八二四九万円の申告を失念していたかのようにも主張するが、前記認定事実によれば、昭和五九年中に農地法上の許可があり、第一、第二回目契約による収入金は一括同年度分の収入金額として申告すべきところ、全日本同和会が意図的に第二回目契約の収入の事実を隠ぺいし、第一、第二回目契約を混同、仮装して過少申告をしたこと明らかであつて、単に売買の一部を失念して、申告をしなかつたものではない。

2  原告は、起訴されなかつた部分については重加算税を賦課するべきではないとも主張するが、しかし、重加算税は申告納税制度の下において適正な申告を維持するため違反者に対して課される行政上の措置であつて、逋脱者の反社会性ないし反道徳性に対して制裁として科せられる刑罰とは、その趣旨を異にするから、逋脱罪として起訴されていないから重加算税を賦課するべきでないとする理由はなく、右の原告主張は失当である。

三  そして、重加算税が申告納税制度の下において適正な申告を維持するため違反者に対して課される行政上の措置であることに鑑みれば、

1  納税者が第三者に委託して納税申告書を作成、提出した場合、その納税申告は納税者が行つたと同様に取扱われるべきであり、右納税申告が不適正であつた場合には、納税者が不適正であることを認識していたか否かにかかわらず、これに対する加算税等の制裁も、納税者自身に対してなされるべきである。

2  原告は、いわゆる同和地区住民に対して税務上の特別な減免措置があるものと認識し、全日本同和会が不正な手段を用いることを知らず、意図して脱税したものではなく、いわば全日本同和会に騙されたものであるとも主張するが、仮りにそうだとしても、原告が委託した全日本同和会が収入金額の一部を殊更に隠ぺいし、且つ、保証債務を仮装して申告したことは前記のとおりであるから、原告は重加算税を免れないものである。

3  原告が、国税局の指導に従つて修正申告をし、一億〇八一七万円を納税したからといつて、この修正申告が調査による更正処分を予知してされたものでないとは認められないから本件処分を違法ということはできない。

四  以上によれば、原告の昭和五九年分所得税確定申告書は、国税通則法六八条一項(昭和六二年法九六号による改正前)の「国税の課税標準又は税額等の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当し、本件処分は適法である。

第三  よつて、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用につき行政事件訴訟法一七条、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 田中恭介 裁判官 和田康則)

別紙 一

物件目録

一 京都市伏見区醍醐合場町二八番

田 一一五〇平方メートル

二 同所 二九番

田 九〇五平方メートル

三1 同所 三二番一

田 一〇八九平方メートル

2 同所 三二番二

田 六〇三平方メートル

四1 同所 三三番一

田 五〇四平方メートル

2 同所 三三番二

田 二六平方メートル

3 同所 三三番三

田 三〇二平方メートル

別紙 二

原告の昭和59年分譲渡所得金額の計算明細

〈省略〉

別紙 三

課税の経緯

〈省略〉

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